奄美群島の最南端の島、与論島(よろんじま)出身の喜山さんが本『奄美自立論』を3月7日の出版します。喜山さんのブログ『与論島クオリア』でも連載していますが、奄美の歴史、奄美の先人達が歩んできた過去を知る内容でもあります。我々シマッチュでも知られざる過去を紐解いてくれています。
僕はこのブログで「奄美は鹿児島でも沖縄でもない。奄美は奄美だ!」と何度も叫んでいますが、喜山さんは『奄美自立論』で「二重の疎外」という言葉を使い、歴史的観点から奄美を分析しています。「奄美は鹿児島でも~・・・」と発してしまう自分の心理を理解できた感じがしました。
発売日の3月7日は400年前に薩摩軍が奄美大島に上陸した日でもあります。是非、多くの方々に読んで頂き「奄美」を考えるきっかけになって頂ければと思います。
こちらの記事から予約もできますので、アクセスして「メールを送信」から予約の連絡をしてください。
http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/02/post-ec24.html
ちなみに、喜山さんは写真の左側の人です^^
こうやって紹介させてもらってる僕ですが、実はいまだに喜山さんの正体は分かりません。いったい何者なのか!?
何をしてる人なのか!??(笑)
しかし、ただ一つ言えることは、ゆんぬんちゅ(与論の人)だということです。






ご紹介ありがとうございます。
ブログやお渡しした原稿からずいぶん加筆することになってしまったのですが、ようやく手を離れかけています。
史実は、『喜界町誌』や『瀬戸内町誌』など、先日の努力に依拠しているので、ぼくが新たに発掘した事実があるわけではないんです。
奄美の経済的貧困に長く尾を引いたのは黒糖収奪ですが、奄美のアイデンティティに長く尾を引き、今も継続しているのが二重の疎外ではないかと考えました。いままで黒糖収奪のことはよく言われてきたことですが、これはアイデンティティの課題に取り組んだものです。奄美の人が奄美や自分自身をよく理解する助けになれば嬉しいですし、奄美外の人に奄美のことを知ってほしいとも思っています。
それから、ぼくは与論人という以上の正体はないのでそれで充分なのですが、仮の姿はマーケターです。マーケティングをする人です。
そにしても、写真は三人とも喜山なんですよねえ(苦笑)。
喜山さん!コメント有難うございます。
頂いたコメントを元に、また記事を書いてしまいました^^
一人でも多くの人に「奄美自立論」を読んで頂きたいと思っています。