前述の『行政vs行政?』で思い出したこと。約10年前ですが、僕の出身である龍郷町円集落で海の埋め立て計画に対して、村人達が猛反対をしました。ちょうど僕が上京して来る頃でしたし、地元紙でも何度も住民説明会のことが取り上げられていたので、凄く覚えています。
結局、円の人達の反対が強かった為、海は埋め立てずに、元々の道路拡張ということで話はまとまりました。
当たり前のことです。
その時も僕は「一体誰が海を埋め立てるなんて、バチ当たりなことを言い出したんだろう?」と思ってました。
島で生まれ、島で育っているなら、そんな発想にならないと思ったから。
島の年中行事で『浜下り(浜下れ)』といって、海で行われる大切な行事などがあります。シマッチュで知らない人はいない位、名物行事です。その他にも島にとっての海の存在は、とてつもなく大きなものです。神がかり的なものです。
夕方になるとお年寄り達は海岸に下りて行って、潮風を浴び、夕日が沈むのを見ながら語り合います。その光景は、何とも感慨深いものを感じます。
そんな『シマ(集落)の海を埋め立てる』なんて計画が突如出てきたら、一体誰が賛成するのでしょう。一体誰が言い出したのでしょう。憤りをも感じました。
本当に心底シマの人たちの事を考え、シマの生活の事をよく知り、シマを大事にしていきたいのであれば、そんな計画すら出てこないはずだと思うのです。
もっと前には海の沖に消波ブロックが置かれたことで、円の海岸の砂浜が消えてるんです。海亀の産卵、小亀が砂浜の中から出てきて、大海原に向かって泳いでいく姿を見て育った僕としては、そんな砂浜が消えてしまったことも凄く悲しいのです。
で、消波ブロックの効果はというと、それほど利点は無いみたい。
もし「消波ブロック」が潮の流れの変化など、砂浜に影響をもたらすであろう様々なシュミレーションもせずに設置されたのなら、それもまた残念なことです。
可能であるならば、また“お金をかけて”撤去しても良いと思います。“撤去する”という仕事ができますし。そしたら数十年後には、また“円の砂浜”が復活するかもしれません。
世界的にも、そうして自然な潮の流れが戻ったところもあると言います。
自然を壊した開発、自然の邪魔をした時代遅れの開発は、もう必要ないと思います。それでも諸事情による開発が必要ならば、自然をどう生かすか・自然を最大限生かした開発の方法を探るべきだと思います。
「カタチ変わらぬ奄美の発展」を切に願います。
奄美のシマ(集落)は、それだけでブランドだと思っています。






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